卑弥呼の早期退職日記【459】
2021/09/19
卑弥呼は
39年間
看護師生活をしていて
ず~と
同じ病院で働いていました。
精神科の
病院でしたが
一番多い時で
15ヵ所の病棟があって
それぞれ
30~40人が
入院していたので
600人前後の
入院患者さんを抱える
所帯の大きな
病院だったので
入院している患者さんの
病気の程度で
急性期病棟や慢性期病棟と
分かれていて
さらに
男性病棟・女性病棟と
それぞれ分けていました。
働く側からすると
病棟の看護師師長が
女性か男性か
その病棟の
主治医によっては
別の病院かと思うほどの
違いがありました。
ちなみに
卑弥呼は
39年も居たので
そのうち
13ヵ所の病棟に勤務しました。
ᕙ( ˙-˙ )ᕗ
卑弥呼が就職した
昭和56年は
国立病院だったので
いい意味で
日の丸がバックに
付いていたので
精神科と言う
真面目にやったら
儲からない
診療科でも
全国の
処遇困難患者と言われる
どんな薬も効かず
暴力的だったり
拒否的な患者さんを
断らずに引き取り
東京ドーム5個分と言われる
広い敷地の中で
少しづつ変化する
患者さんに寄り添って
最後まで看る病院として
知られていました。
いつも
毛布を頭から被っていて
食事や入浴などの
声掛けを
しつこくされると
暴れて
手に負えなくなる
患者さんでも
2年かけて
食堂や風呂場に
スムーズに
来られるように
なりました。
また、ある患者さんは
いつも
決まった場所に
同じ姿で立ち続けて
何があっても
どんな事が起きても
自分で決めている
時間で中で
行動していた患者さんでしたが
卑弥呼は出勤すると
いつも彼の横に
一緒に立って
話しかけていました。
ある日
突然
卑弥呼に駆け寄って来て
憑き物が落ちたと
表現したくなるほど
「僕は生き方を変えました。」と
宣言して
病棟生活の
時間を守るようになって
退院にまで繋がりました。
その後
小泉政権下で
平成16年に
独立行政法人となりました。
その際の
病院長の話だと
国の縛りがなくなって
病院が単独で
自由に動ける様になるから
いろんなことが出来るようになる。
これからやってみたい事を
提出して欲しいと言われ
訪問医療&看護などの
今では当たり前の
精神科の治療・看護の
提案をしたりしましたが
蓋を開けたら
独立行政法人になってからの方が
縛りが酷いように思えました。
ここまで読んでいただき
ありがとうございます。
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