命を守るという戦場を生きる――0歳から3歳、嵐の日々の航海記
2026/02/09
「子どもが生まれる」ということ。それは、それまでの自分の人生という物語のページを一度、無理やり破り捨てられ、全く別の新しい言語で書かれた本を渡されるような体験だ。
三歳までの育児には、大変なことが詰まっている。そんな一言では到底片付けられないほどの、泥臭く、孤独で、そして剥き出しの「生」がそこにはある。
理性の通じない「生存」との戦い(0歳)
赤ん坊が家にやってきたその日から、生活のすべては「生存維持」を最優先事項としたミッションへと変貌する。
最初の一年、親が直面するのは「睡眠」という基本的人権の剥奪だ。二、三時間おきに繰り返される授乳、あるいは原因不明の夜泣き。暗闇の中で、泣き叫ぶ我が子を抱きながら、壁の時計の針が刻む音だけを聞いている時間は、永遠にも感じられる。
「どうして泣き止まないの?」という問いに、答えはない。赤ちゃん自身も、自分がなぜ泣いているのか分かっていないのだから。言葉の通じない相手と一対一で、閉ざされた部屋の中で過ごす時間は、社会から切り離されたような強い孤独感を抱かせる。
自分の食事は立ったまま、冷めたスープを啜り、鏡を見る暇もなく髪はボサボサ。かつて大切にしていた「自分らしさ」は、おむつのゴミ箱の底に沈んでしまったかのように思える。
しかし、その過酷さの土台にあるのは、「一瞬でも目を離せば死んでしまうかもしれない」という、巨大な責任感だ。呼吸をしているか、熱はないか、喉に何か詰まらせていないか。親の神経は二十四時間、張り詰めっぱなしである。この「命を守る」というプレッシャーこそが、0歳児育児における疲弊の本質なのかもしれない。
世界への好奇心と「後追い」という牢獄(1歳)
一歳を過ぎると、子どもは自らの足で歩き始め、世界を探索し出す。一見、成長は喜ばしいが、親にとっては「移動する爆弾」を抱えているようなものだ。
家中が危険地帯に変わる。テーブルの角、コンセント、階段、引き出し。一秒目を離した隙に、子どもは未知の物体を口に入れ、あるいは高い場所から転落しようとする。
そして、この時期特有の「後追い」が始まる。トイレに行くのにも、料理をするのにも、足元には泣き叫ぶ我が子がまとわりつく。自分の意志で一歩も動けない不自由さ。トイレのドアの向こうで聞こえる悲鳴のような泣き声を聞きながら、「私にはプライバシーさえないのか」と、情けなさと怒りが混じったような感情が湧き上がることもある。
「お母さん(お父さん)なんだから、これくらい当たり前」
その世間の無言の圧力が、さらに親を追い詰める。離乳食を食べない、ようやく作った料理を床に投げられる。そんな些細なことで、糸が切れたように涙が溢れてしまう。それは、単に料理が台無しになったからではない。自分の存在そのものを否定されたような、無力感に襲われるからだ。
自我の衝突、魔の二歳児(2歳)
そして、育児の最大の難所の一つ、「イヤイヤ期」がやってくる。
昨日まで喜んで着ていた服を、今日は「嫌だ」と言って脱ぎ捨てる。お風呂に入ろうと言えば「嫌」、出ようと言えば「嫌」。公園から帰ろうとすれば、道端に寝転がって全力の拒絶を見せる。
二歳児の「イヤイヤ」は、わがままではない。それは、彼らが一人の人間として「自分」を確立しようとする、尊い自立の第一歩だ。理屈では分かっている。しかし、目の前でひっくり返って泣き叫ぶ我が子を前に、親の理屈は簡単に吹き飛ぶ。
公共の場で、周囲の視線を痛いほど感じながら、暴れる子どもを抱きかかえて退散する時の惨めさ。スーパーの床で大の字になる子どもを見つめながら、「もう放っておいて帰ってしまいたい」という黒い感情が胸をかすめる。
この時期の大変さは、親の精神的な忍耐力が試される点にある。何度言っても伝わらない。こちらの余裕がない時に限ってトラブルが起きる。親も人間だ。聖人君子にはなれない。つい声を荒らげてしまい、寝静まった子どもの寝顔を見ては、「なんてひどい親なんだ」と激しい自己嫌悪に陥る。この「怒り」と「後悔」のループこそが、二歳児育児の地獄の正体だ。
見えない労働と、SNSという鏡
現代の三歳までの育児を語る上で欠かせないのが、情報の過多と、比較による苦しみだ。
SNSを開けば、栄養バランスの整った可愛らしいワンプレート料理、整理整頓された北欧風の部屋、笑顔で子どもと接する「理想の母親・父親」が溢れている。それに引き換え、自分はどうだろう。散らかった部屋、イライラしてばかりの毎日、市販のレトルト食品。
かつての育児は、地域や大家族という「面」で支えられていた。しかし現代は、核家族の中で親が「点」として孤立しがちだ。この「孤育て(こそだて)」の状態では、大変さは何倍にも膨れ上がる。
さらに、名もなき家事ならぬ「名もなき育児」が親の体力を削る。鼻水を吸う、おむつの在庫を気にする、保育園の着替えに名前を書く、子どもの情緒を安定させるために自分の感情を押し殺す。これらの膨大なタスクは、誰に褒められることもなく、給料が出るわけでもない。ただ「親としての責任」という言葉で片付けられてしまう。
それでも、三歳までが「宝物」と言われる理由
ここまで、三歳までの育児がいかに過酷であるかを書き連ねてきた。しかし、矛盾するようだが、この三年間は同時に、人生で最も輝かしく、密度の濃い時間でもある。
初めて「ママ」「パパ」と呼んでくれた瞬間の、胸が震えるような喜び。
頼りない足取りで一歩を踏み出し、誇らしげにこちらを振り返った時の笑顔。
寝る前に、「だいすき」と言って小さな腕で首に抱きついてくる時の、柔らかい体温。
子どもが見つける道端の小さな石ころや、空の青さ。彼らの真っ直ぐな瞳を通して見る世界は、色彩を失っていた大人の日常を鮮やかに塗り替えてくれる。
大変なことの九割は、あとの一割の、言葉にできないほどの幸せによって辛うじて相殺されている。あるいは、その「大変さ」の真っ只中にいるときには気づけず、数年経って振り返った時に初めて、「あの時は嵐の中にいたけれど、なんて美しい景色だったのだろう」と気づくものなのかもしれない。
3歳までの子育て
結びに代えて
三歳までの子育ては、自己犠牲の連続だ。自分の時間はなくなり、キャリアは停滞し、体力は限界を迎える。
けれど、忘れないでほしい。あなたが今日、子どもの命を繋ぎ、その泣き声に向き合ったことは、どんな偉大な仕事よりも尊いことだ。
部屋が汚れていてもいい。優しく笑えなくてもいい。ただ、子どもが生きていて、あなたも生きている。それだけで、この三年間という名の戦場において、あなたは勝利しているのだ。
三歳を過ぎれば、子どもは少しずつ親の手を離れ、自分の足で社会へと踏み出していく。理不尽なイヤイヤも、深夜の授乳も、永遠には続かない。
だからこそ、今この瞬間、疲れ果ててこの記事を読んでいるあなたに伝えたい。
「あなたは本当によくやっている。この大変さは、あなたが命を懸けて誰かを愛している証拠なのだから」と。
嵐はいつか止む。しかし、その嵐の中で共に過ごした記憶は、いつか穏やかな凪の海を渡る時の、かけがえのない羅針盤になるはずだ。
三歳までの育児には、大変なことが詰まっている。そんな一言では到底片付けられないほどの、泥臭く、孤独で、そして剥き出しの「生」がそこにはある。
理性の通じない「生存」との戦い(0歳)
赤ん坊が家にやってきたその日から、生活のすべては「生存維持」を最優先事項としたミッションへと変貌する。
最初の一年、親が直面するのは「睡眠」という基本的人権の剥奪だ。二、三時間おきに繰り返される授乳、あるいは原因不明の夜泣き。暗闇の中で、泣き叫ぶ我が子を抱きながら、壁の時計の針が刻む音だけを聞いている時間は、永遠にも感じられる。
「どうして泣き止まないの?」という問いに、答えはない。赤ちゃん自身も、自分がなぜ泣いているのか分かっていないのだから。言葉の通じない相手と一対一で、閉ざされた部屋の中で過ごす時間は、社会から切り離されたような強い孤独感を抱かせる。
自分の食事は立ったまま、冷めたスープを啜り、鏡を見る暇もなく髪はボサボサ。かつて大切にしていた「自分らしさ」は、おむつのゴミ箱の底に沈んでしまったかのように思える。
しかし、その過酷さの土台にあるのは、「一瞬でも目を離せば死んでしまうかもしれない」という、巨大な責任感だ。呼吸をしているか、熱はないか、喉に何か詰まらせていないか。親の神経は二十四時間、張り詰めっぱなしである。この「命を守る」というプレッシャーこそが、0歳児育児における疲弊の本質なのかもしれない。
世界への好奇心と「後追い」という牢獄(1歳)
一歳を過ぎると、子どもは自らの足で歩き始め、世界を探索し出す。一見、成長は喜ばしいが、親にとっては「移動する爆弾」を抱えているようなものだ。
家中が危険地帯に変わる。テーブルの角、コンセント、階段、引き出し。一秒目を離した隙に、子どもは未知の物体を口に入れ、あるいは高い場所から転落しようとする。
そして、この時期特有の「後追い」が始まる。トイレに行くのにも、料理をするのにも、足元には泣き叫ぶ我が子がまとわりつく。自分の意志で一歩も動けない不自由さ。トイレのドアの向こうで聞こえる悲鳴のような泣き声を聞きながら、「私にはプライバシーさえないのか」と、情けなさと怒りが混じったような感情が湧き上がることもある。
「お母さん(お父さん)なんだから、これくらい当たり前」
その世間の無言の圧力が、さらに親を追い詰める。離乳食を食べない、ようやく作った料理を床に投げられる。そんな些細なことで、糸が切れたように涙が溢れてしまう。それは、単に料理が台無しになったからではない。自分の存在そのものを否定されたような、無力感に襲われるからだ。
自我の衝突、魔の二歳児(2歳)
そして、育児の最大の難所の一つ、「イヤイヤ期」がやってくる。
昨日まで喜んで着ていた服を、今日は「嫌だ」と言って脱ぎ捨てる。お風呂に入ろうと言えば「嫌」、出ようと言えば「嫌」。公園から帰ろうとすれば、道端に寝転がって全力の拒絶を見せる。
二歳児の「イヤイヤ」は、わがままではない。それは、彼らが一人の人間として「自分」を確立しようとする、尊い自立の第一歩だ。理屈では分かっている。しかし、目の前でひっくり返って泣き叫ぶ我が子を前に、親の理屈は簡単に吹き飛ぶ。
公共の場で、周囲の視線を痛いほど感じながら、暴れる子どもを抱きかかえて退散する時の惨めさ。スーパーの床で大の字になる子どもを見つめながら、「もう放っておいて帰ってしまいたい」という黒い感情が胸をかすめる。
この時期の大変さは、親の精神的な忍耐力が試される点にある。何度言っても伝わらない。こちらの余裕がない時に限ってトラブルが起きる。親も人間だ。聖人君子にはなれない。つい声を荒らげてしまい、寝静まった子どもの寝顔を見ては、「なんてひどい親なんだ」と激しい自己嫌悪に陥る。この「怒り」と「後悔」のループこそが、二歳児育児の地獄の正体だ。
見えない労働と、SNSという鏡
現代の三歳までの育児を語る上で欠かせないのが、情報の過多と、比較による苦しみだ。
SNSを開けば、栄養バランスの整った可愛らしいワンプレート料理、整理整頓された北欧風の部屋、笑顔で子どもと接する「理想の母親・父親」が溢れている。それに引き換え、自分はどうだろう。散らかった部屋、イライラしてばかりの毎日、市販のレトルト食品。
かつての育児は、地域や大家族という「面」で支えられていた。しかし現代は、核家族の中で親が「点」として孤立しがちだ。この「孤育て(こそだて)」の状態では、大変さは何倍にも膨れ上がる。
さらに、名もなき家事ならぬ「名もなき育児」が親の体力を削る。鼻水を吸う、おむつの在庫を気にする、保育園の着替えに名前を書く、子どもの情緒を安定させるために自分の感情を押し殺す。これらの膨大なタスクは、誰に褒められることもなく、給料が出るわけでもない。ただ「親としての責任」という言葉で片付けられてしまう。
それでも、三歳までが「宝物」と言われる理由
ここまで、三歳までの育児がいかに過酷であるかを書き連ねてきた。しかし、矛盾するようだが、この三年間は同時に、人生で最も輝かしく、密度の濃い時間でもある。
初めて「ママ」「パパ」と呼んでくれた瞬間の、胸が震えるような喜び。
頼りない足取りで一歩を踏み出し、誇らしげにこちらを振り返った時の笑顔。
寝る前に、「だいすき」と言って小さな腕で首に抱きついてくる時の、柔らかい体温。
子どもが見つける道端の小さな石ころや、空の青さ。彼らの真っ直ぐな瞳を通して見る世界は、色彩を失っていた大人の日常を鮮やかに塗り替えてくれる。
大変なことの九割は、あとの一割の、言葉にできないほどの幸せによって辛うじて相殺されている。あるいは、その「大変さ」の真っ只中にいるときには気づけず、数年経って振り返った時に初めて、「あの時は嵐の中にいたけれど、なんて美しい景色だったのだろう」と気づくものなのかもしれない。
3歳までの子育て
結びに代えて
三歳までの子育ては、自己犠牲の連続だ。自分の時間はなくなり、キャリアは停滞し、体力は限界を迎える。
けれど、忘れないでほしい。あなたが今日、子どもの命を繋ぎ、その泣き声に向き合ったことは、どんな偉大な仕事よりも尊いことだ。
部屋が汚れていてもいい。優しく笑えなくてもいい。ただ、子どもが生きていて、あなたも生きている。それだけで、この三年間という名の戦場において、あなたは勝利しているのだ。
三歳を過ぎれば、子どもは少しずつ親の手を離れ、自分の足で社会へと踏み出していく。理不尽なイヤイヤも、深夜の授乳も、永遠には続かない。
だからこそ、今この瞬間、疲れ果ててこの記事を読んでいるあなたに伝えたい。
「あなたは本当によくやっている。この大変さは、あなたが命を懸けて誰かを愛している証拠なのだから」と。
嵐はいつか止む。しかし、その嵐の中で共に過ごした記憶は、いつか穏やかな凪の海を渡る時の、かけがえのない羅針盤になるはずだ。