昔はテレビを見すぎちゃダメと言われたもんだw
2021/01/13
今はゲームかな(笑)
テレビを見なくなると…
あの番組が
○○時から
始まるから
あっ!
あの番組やってた!
見ないと…
昔テレビを見ていると
母親に
あまんまり見すぎると…
なんて話を耳が○○になるくらい
聞いた事ありませんか?
あれは勉強しないから
って話なんですけどね
現代はスマホとゲームですね。
なんでこんな話になったかというと
最近はリビングにいる時間がカナリ減って
色々と自分の部屋で作業をしている事が多く
テレビも見なくなりました。
と言うより
テレビを見ていると
イライラする事ばかりで
見なくなったのが正直な話かもしれないです。
お昼の番組では
司会者が怒鳴りながら
コメンテーターに欲しい答えを言わせていたり
インタビューでは
欲しい答えが出るまで
インタビューし続ける話を聞いたり
裏側もわかる様になりましたし
報道なのか企画番組なのか
分からなくなってきているのもあります。
だったら作業しながら
YouTubeの分かりやすい
企画の掛け合い見た方が
幸せに笑えるし
無駄のないネットニュース見て
色々な解説から
どれが冷静な判断か自分で調べた方が
事実と離れない結果になりますからね。
報道はある意味手間にはなりましたが
知識のない会社が
仕事を発注する際のカモの様な事も
無くなりましたので
これが本来の姿なのかもしれないですね。
と、見なくなった理由はここまでにして
根本的にテレビは
ライフスタイルには
実は不便な物ではないか?
なんてそんな事から思うようになりました。
というのも
番組が始まる時間には
テレビの前にいなくてはいけない
見たい番組があると
その時間は優先順位を変えて
他のことが犠牲になる。
何となく音がないから
食事時に寂しいから付けてしまったら
最後まで見てしまって
他のやりたい事が伸びてしまった。
なんて経験ありませんか?
ビデオ予約などで
それも解消されてはいると思いますが
つい癖で時間を気にしたり
生活に入り込み過ぎてもいるので
見る癖があると
時間軸がいつの間にか取られている感じがします。
これは
全てのテレビ番組が悪い物ではないから
気づいた事でもあるんですが
今日放送されているテレビを
リビングでついていたのを見て
「あ!やっていたんだ」
と思った瞬間に感じました。
番組は終盤で
ホボ見ることも無かったんですが
やっているなら見ておけばよかったなと
思ったときに
そういえば
見るためには
時間を気にして
テレビの前にいないといけない
当たり前の話なんですが
人との約束みたいに
縛られるんですよね。
其処までして見なくてはいけない価値って
テレビにあったのか?
多分小学生の頃だと
翌日の学校での会話の中で置いていかれるので
当時の小学生にとっては
重要なコミュニケーションツールだったのかもしれないんですが
それ以上の必要な重要度が今も見つからない…
と私は個人的に感じてしまいました。
前からテレビを見る時間は多くは無かったんですが
2020年のコロナの報道辺りからは
見ること自体が不愉快になり
見ることは無くなってきました。
そこで振り返ると
やりたい事をする時間が増え
欲しい情報は自分の時間で
ネットを活用して情報を取るようになりました。
今までは
なぜか自分の時間が
気づけばテレビに支配されていて
もっと時間を有効に使えたかもしれない
なんて思ったんですよね。
なぜテレビに合わせる必要があったのか?
そこまで価値のある物はあるのか?
仕事でもそうですが
相手に時間を作らせるときって
お伺い立てたり
気遣いしますよね?
まあNHK以外はタダではありますが
その分広告を見なくてはいけない時間があるので
時間換算するとタダとも言い難いものあります。
不愉快に思うような番組や
誰かの力の掛かった報道を
私個人的な感情ではありますが
何故見ていたんだろう?
なんて思うようになりましたね。
ここから
私が学んだことは
時間の使い方が
まだまだ甘かった!
前回のブログでも書きましたが
コロナで今までと経済の流れが変わったように
相手に使わせる時間の取り方や
自分がどの様に時間を使ったらいいか
見つめなおす切っ掛けも貰ったような気がします。
コロナ前からそうですが
電話を掛けるのも
用事のある方中心の時間軸で掛けると迷惑に思われる
そんな感じになってきていましたよね。
このコロナでそれが一気に傾いたような感じがしてなりません。
良ーく考えると
相手を振りますタイミングでもあったり
企業では電話番なんて
人件費を其処に割かなくてはいけない
利益を圧迫と迄は行かないでしょうけど
必要経費になっていたんですよね。
と
相手の事を考えて
なんてコロナが教えてくれたと書いてしまうと
コロナで
圧力を受けて苦しんでいる人たちもいる訳で
一つ出っ張ると
一つ沈み
バランスを取っているような感じでもありますが
どちらも
同じ影響で真っ向違う話でありますが
これが良い方向に向きなおしてもらえたらと思います。
今回は
物理的なコロナ後の話とは違い
相手に押し付けることなく
提案する事や行動を起こす方が
もう少し気遣う社会になりそうだなと
思った事を書いてみました。
最後までご覧いただきありがとうございます
次の記事でお会いできるのを楽しみにしております。
では
母親に
あまんまり見すぎると…
なんて話を耳が○○になるくらい
聞いた事ありませんか?
あれは勉強しないから
って話なんですけどね
現代はスマホとゲームですね。
なんでこんな話になったかというと
最近はリビングにいる時間がカナリ減って
色々と自分の部屋で作業をしている事が多く
テレビも見なくなりました。
と言うより
テレビを見ていると
イライラする事ばかりで
見なくなったのが正直な話かもしれないです。
お昼の番組では
司会者が怒鳴りながら
コメンテーターに欲しい答えを言わせていたり
インタビューでは
欲しい答えが出るまで
インタビューし続ける話を聞いたり
裏側もわかる様になりましたし
報道なのか企画番組なのか
分からなくなってきているのもあります。
だったら作業しながら
YouTubeの分かりやすい
企画の掛け合い見た方が
幸せに笑えるし
無駄のないネットニュース見て
色々な解説から
どれが冷静な判断か自分で調べた方が
事実と離れない結果になりますからね。
報道はある意味手間にはなりましたが
知識のない会社が
仕事を発注する際のカモの様な事も
無くなりましたので
これが本来の姿なのかもしれないですね。
と、見なくなった理由はここまでにして
根本的にテレビは
ライフスタイルには
実は不便な物ではないか?
なんてそんな事から思うようになりました。
というのも
番組が始まる時間には
テレビの前にいなくてはいけない
見たい番組があると
その時間は優先順位を変えて
他のことが犠牲になる。
何となく音がないから
食事時に寂しいから付けてしまったら
最後まで見てしまって
他のやりたい事が伸びてしまった。
なんて経験ありませんか?
ビデオ予約などで
それも解消されてはいると思いますが
つい癖で時間を気にしたり
生活に入り込み過ぎてもいるので
見る癖があると
時間軸がいつの間にか取られている感じがします。
これは
全てのテレビ番組が悪い物ではないから
気づいた事でもあるんですが
今日放送されているテレビを
リビングでついていたのを見て
「あ!やっていたんだ」
と思った瞬間に感じました。
番組は終盤で
ホボ見ることも無かったんですが
やっているなら見ておけばよかったなと
思ったときに
そういえば
見るためには
時間を気にして
テレビの前にいないといけない
当たり前の話なんですが
人との約束みたいに
縛られるんですよね。
其処までして見なくてはいけない価値って
テレビにあったのか?
多分小学生の頃だと
翌日の学校での会話の中で置いていかれるので
当時の小学生にとっては
重要なコミュニケーションツールだったのかもしれないんですが
それ以上の必要な重要度が今も見つからない…
と私は個人的に感じてしまいました。
前からテレビを見る時間は多くは無かったんですが
2020年のコロナの報道辺りからは
見ること自体が不愉快になり
見ることは無くなってきました。
そこで振り返ると
やりたい事をする時間が増え
欲しい情報は自分の時間で
ネットを活用して情報を取るようになりました。
今までは
なぜか自分の時間が
気づけばテレビに支配されていて
もっと時間を有効に使えたかもしれない
なんて思ったんですよね。
なぜテレビに合わせる必要があったのか?
そこまで価値のある物はあるのか?
仕事でもそうですが
相手に時間を作らせるときって
お伺い立てたり
気遣いしますよね?
まあNHK以外はタダではありますが
その分広告を見なくてはいけない時間があるので
時間換算するとタダとも言い難いものあります。
不愉快に思うような番組や
誰かの力の掛かった報道を
私個人的な感情ではありますが
何故見ていたんだろう?
なんて思うようになりましたね。
ここから
私が学んだことは
時間の使い方が
まだまだ甘かった!
前回のブログでも書きましたが
コロナで今までと経済の流れが変わったように
相手に使わせる時間の取り方や
自分がどの様に時間を使ったらいいか
見つめなおす切っ掛けも貰ったような気がします。
コロナ前からそうですが
電話を掛けるのも
用事のある方中心の時間軸で掛けると迷惑に思われる
そんな感じになってきていましたよね。
このコロナでそれが一気に傾いたような感じがしてなりません。
良ーく考えると
相手を振りますタイミングでもあったり
企業では電話番なんて
人件費を其処に割かなくてはいけない
利益を圧迫と迄は行かないでしょうけど
必要経費になっていたんですよね。
と
相手の事を考えて
なんてコロナが教えてくれたと書いてしまうと
コロナで
圧力を受けて苦しんでいる人たちもいる訳で
一つ出っ張ると
一つ沈み
バランスを取っているような感じでもありますが
どちらも
同じ影響で真っ向違う話でありますが
これが良い方向に向きなおしてもらえたらと思います。
今回は
物理的なコロナ後の話とは違い
相手に押し付けることなく
提案する事や行動を起こす方が
もう少し気遣う社会になりそうだなと
思った事を書いてみました。
最後までご覧いただきありがとうございます
次の記事でお会いできるのを楽しみにしております。
では