わが人生行路の旅路
     『 真 実 一 路 』

  許された一筋の道を歩くなり
                    縄文の旅人

” 根っこ ” を育てる

2022/08/15

穂見祭(ほみさい)

令和4年も8月半ばになりますが、全国各地が記録的な猛暑に見舞われているなか 、地域によっては激しい豪雨によって大きな被害も出ています。

いつでもどこでも突然に大規模災害が発生して容赦なく人命を奪いますが、我が国のみならず、これは世界的な傾向としてその度合いを強めているように感じます。

容赦のない「自然?の猛威」と「コロナ茶番の大騒動」の中にあって、更なる新たなパンデミックがすでに準備されているようにも見えてしまいます。

人類の文明はすでに”風の時代”に入っており、穏やかな時代に移行済みだとお考えの方もおられるかも知れませんが、決してそんなことはありません。

確かに時代は変わりました。
物質文明(見えるもの)から精神文明(見えないもの)への大転換なのです。

私たちは否応なく、その大転換の時に今いるのです。
想像をはるかに超えた大激変のさなかに、今私たちは立たされています。

今こそ本当に、目の前の現実をしっかりと受け止め、正しい情報のもと正しい判断をして正しい行動をしないと自らの人生が台無しになってしまいます。

自分という存在が ”今ここにある” という現実は、果たして自分の努力の結果であり自身の実力なのでしょうか?

自然界の植物は、すべて”根っこ”をもって存在しています。
根っこは目に見えませんが、確実に存在しており根の無い植物は育ちません。
そして植物の存在がなければ、動物も存在できないわけで人間もしかりです。

いま一度、確認してみましょう。
自分の存在は、自分の意志のもとに自分の実力の上に成り立っていますか?

決して、そんなことはないのです。

「お父さん」「お母さん」がいて初めて自分の存在があるのです。
このことは、誰も否定しようもない現実であり真理だと思います。

そして、そのお父さんお母さんにも、「お父さん」「お母さん」が存在します。
このようにどこまでも繋がっていき、血筋が形成されてこれを継承しているのです。

これこそが、日ごろ忘れがちな「先祖代々」の繋がりなのです。
先祖代々の繋がりは、決して目に見えませんが間違いなく目の前に存在します。

今の自分を生かす原動力であり、言い換えれば”根っこ”に相当する部分なのです。
この根っこの存在を忘れて疎かにすれば、決して自分という人間は繁栄しません。

これは、自然の法則であり宇宙の原理なのです。

今日は多くの先人たちが、命を賭して戦い抜いた大東亜戦争の終戦記念の日でありますが、一般的に言われる”お盆”の時期でもあります。

いま一度、自分という人間の ”根っこ” について考えてみませんか? 
そして自分の繁栄のために、自分の ”根っこ” を育ててみませんか?


我が家の穂見祭(ほみさい)

穂見祭とは、文月(ふみつき)の時期に行う祖先祭りのことです。

文月は手紙を書く月との解釈もありますが、その本言は “穂・見・月=稲穂が見える月” で、年月を経るうちに “ほみ” が “ふみ” に変化したもののようです。

また、この “穂” は “日・火” つまり “霊(ヒ)” につながり、そこを遡ればご先祖の霊を見る(魂に会える)月ということになります。

日本人は、仏教の渡来以前から祖先祭りを行っていました。

仏教では一般的にお盆(13日~16日)の間は、先祖が家に帰ってくるとの教えですが、神道では先祖はいつも家の霊殿に鎮まっていると考えます。 

我が家の小さな神殿には、天在諸神のご神璽(しんじ)と先祖の霊璽(れいじ)をあわせてお鎮めしています。

 

護国神社への参拝

8月15日の昼下がり
妻と四女と三人で広島護国神社にお参りしました。

広島城址公園にある広島護国神社は、広島出身の兵士の他、原爆犠牲者となった動員学徒の御霊たちも祀られています。

終戦記念の日ですが、参拝者の人影はまばらでした。