いつも前向きで
どん底サラリーマンからの脱出!ネットで副業
武田桃の助
人生、気楽に行こうよ!

管理人プロフィール

管理人 武田桃の助

一国一城の主という夢を抱き、飛び込んだ飲食業界。
だが現実はそんなに甘くなく、高齢者介護施設の給食調理員で日々奮闘する毎日を送っています。
収入は厳しく、5年ほど前から、ネットで小遣い稼ぎをしています。
この度のコロナ騒動でオンライン化が進み、働き方が大きく変わろうとしているこの世間に、
ネットに無知でも稼げるという情報を発信していきます。
一歩づつ少額を稼ぎ、楽しみながらオンラインにも精通していきましょう。

経歴

0歳

□兼業農家の長男として生を受ける。

保育園時代

□やんちゃ真っ盛り。同学年の子に怪我を負わせるなんて日常茶飯事。悪ガキというよりクソガキに近い子でした。しかもその存在が目立つので、いつも輪の中心に・・

小学校時代

□落ち着きがなく、物怖じしない性格であったため、事あるごとにリーダー的役割、リーダー補佐をやらされていた。このころの体験が仕事に今活きているのですかね。目立っていたけど、運動関係がイマイチだったから、モテなかったなぁ。(笑)

中学校時代

□世間一般に言う反抗期のお年頃。全然ありませんでしたね。勉強はできるけど、1番にはなれないタイプ、でした。この頃から、自己犠牲の精神で他人が喜ぶなら我慢する感じになってきました。

高校生時代

□成績良かったから、という理由だけで地元の進学校へ。

大学生時代(18~24歳)

□目標なく周りに流され受験し、進学。今思い起こせば、ここがターニングポイントでした。
意気揚々と入学したのに、学科長の「ここで勉強することは、世間で役に立ちません。」の一言で疑問を感じ、不登校気味に・・
折しも、学園祭の実行委員になり、大変ではあるが、その面白さにハマる。授業には顔出さないのに、委員会には顔を出すという、一風変わった学生でありました。
一年の半分はバイト三昧、残り半分は学園祭実行委員、という生活を過ごし、留年を繰り返し、最終的には中退という結果になりました。
目標なければ、自らの内なる炎は燃え上がらない、動かないということを学びました。

24歳

□目標なき進学に中退という結論を出し、バイト時代から好きだった飲食の道を歩むことを決意。
休みは週一くらいでしたが、自ら選んだ道だったので、全く苦にならず、毎日が充実していました。
給料の大半は、飲み代に消えるという今考えれば、バカみたいな生活を送っていました

26歳

□店にアルバイトにきたバイトの子(のちのカミさん)と恋に落ちる、というより落とされる。w
製菓の専門学校に通っていたということもあり、よくケーキを差し入れしてくれて、そのお礼に食事でも・・が事の始まりでした。

27歳

□誕生日前日にいきなり「デキた!」というサプライズプレゼントをもらい、最終的には籍を入れました。
仕事も両家の反対、および将来への不安視から、居酒屋→弁当、総菜を作る会社に変えました。

 

30歳

□その当時働いていた会社から、リストラ勧告を受け、子供の将来、親のこと、などを考えた結果、実家に戻ることを決意し、戻る。

 

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