コーヒーを知れば知るほど、正解がわからなくなる

2026/10/13

コーヒーという飲み物は、実に奥が深いものです。

昔はそんなことを考えたこともありませんでした。朝起きて一杯飲む。仕事の合間に飲む。食後に飲む。それだけで十分でしたし、特に不満もありませんでした。

ところが、少しおいしいコーヒーを飲みたいと思って調べ始めたあたりから、話が変わってきました。

豆の種類、焙煎の深さ、挽き方、お湯の温度、抽出時間。調べれば調べるほど、考えなければならないことが増えていきます。

最初はコーヒーを楽しむために始めたはずなのに、いつの間にかコーヒーについて考える時間のほうが長くなっている気さえします。

コーヒーを追求するというのは、思っていた以上に難しいことなのです。



1. おいしいコーヒーの基準がよくわからない

そもそも、おいしいコーヒーとは何なのでしょうか。

これが最初にぶつかった疑問でした。

苦味がしっかりしているコーヒーを好む人もいれば、酸味があってフルーティーなコーヒーを好む人もいます。香りを重視する人もいれば、飲んだあとの余韻にこだわる人もいるようです。

私はどちらかというと、酸味が控えめで、ほどよい苦味のあるコーヒーが好きです。

ただ、それが本当においしいコーヒーなのかと聞かれると、少し困ってしまいます。

専門店で飲んだ高価なコーヒーより、近所の喫茶店で飲んだ普通のブレンドコーヒーのほうがおいしく感じることもあります。

これは単純に好みの問題なのでしょう。

しかし、コーヒーについて勉強していると、何となく自分の好みまで修正しなければならないような気持ちになることがあります。

本当は自分がおいしいと思えれば、それで十分なはずなのですが。



 2. 少し変えただけで味が変わってしまう

自宅でコーヒーを淹れるようになって驚いたのは、同じ豆を使っても毎回同じ味にならないことです。

昨日はおいしく淹れられたのに、今日は何だか薄い。逆に、今日は苦味が強すぎるということもあります。

最初は自分の技術が足りないだけだと思っていました。

もちろん、それもあるのでしょう。ただ、調べてみると、コーヒーは実に多くの条件によって味が変わるようです。

お湯の温度が少し違うだけでも変化しますし、粉の細かさや注ぎ方によっても結果が変わります。

では、毎回きっちり計量して、温度も時間も管理すればよいのでしょうか。

確かに、それが一番確実なのかもしれません。

しかし、朝の忙しい時間にそこまで細かく管理するのは、私には少し面倒です。

コーヒーを飲んで一息つきたいだけなのに、準備の段階で神経を使ってしまうのも何だか違う気がします。

趣味として突き詰めることと、日常的に楽しむことは、必ずしも同じではないのだと思います。



3. 道具にこだわり始めると終わりがない

コーヒーを追求するうえで、もう一つ難しいのが道具の問題です。

最初はドリッパーとペーパーフィルターがあれば十分だと思っていました。

ところが、少し調べると、いろいろな器具が出てきます。

コーヒーミルだけでも手動と電動があり、価格にもかなりの差があります。ドリッパーにも形状や素材の違いがあり、それぞれ特徴があるそうです。

さらに、温度を細かく設定できる電気ケトルや、重さと時間を同時に測れるスケールなどもあります。

もちろん、便利な道具を使えば、コーヒーを淹れる楽しさも増えるでしょう。

ただ、どこまでお金をかけるべきなのかが難しいところです。

高価な道具を買ったからといって、自分が必ずおいしいと感じるわけではありません。

それに、新しい道具を買った直後は満足していても、しばらくすると別の道具が気になってきます。

結局、道具を集めること自体が趣味になってしまいそうです。

それはそれで楽しいのでしょうが、私が最初に求めていたのは、そこまで大げさなものではなかったはずです。


4. コーヒー豆の世界も広すぎる

道具以上に難しいと感じるのが、コーヒー豆選びです。

スーパーで売っている豆だけでも種類が多いのに、専門店に行くと、さらに選択肢が増えます。

ブラジル、コロンビア、エチオピア、グアテマラなど、産地によって特徴が違うといわれています。

しかも、同じ国の豆でも農園や精製方法によって味が異なるそうです。

最初のうちは、産地ごとの特徴を覚えれば何とかなるだろうと思っていました。

しかし、実際にはそんなに単純ではありません。

同じ産地でも焙煎の仕方によって印象が変わりますし、お店によっても味が違います。

せっかく気に入った豆を見つけても、次に買ったときには微妙に印象が違うこともあります。

これでは、すべてを理解するのは無理ではないかと思ってしまいます。

もっとも、世界中のコーヒー豆を全部飲む必要などないのでしょう。

それでも、知らない豆を見つけると一度は試してみたくなります。

こういうところが、コーヒーの面白さであり、難しさなのかもしれません。


 5. 情報が多すぎて何を信じればよいのかわからない

今はインターネットで調べれば、コーヒーに関する情報がいくらでも出てきます。

動画を見れば、プロの人が丁寧に淹れ方を説明してくれますし、ブログにもさまざまな方法が紹介されています。

ところが、困ったことに、人によって言っていることが違います。

お湯は高温のほうがよいという人もいれば、少し冷ましたほうがよいという人もいます。

蒸らし時間についても、注ぎ方についても、いろいろな考え方があります。

もちろん、使っている豆や目指す味が違うので、一概にどちらが正しいとはいえないのでしょう。

ただ、初心者からすると、何を基準にすればよいのか迷ってしまいます。

私も一時期、動画で紹介されている方法を次々に試していたことがありました。

しかし、昨日と今日で淹れ方を変えてしまうので、結局何がよかったのかよくわからなくなりました。

今考えると、まずは一つの方法を続けてみるほうがよかったのでしょう。

情報をたくさん集めることと、実際にコーヒーが上達することは、また別の話なのだと思います。

コーヒー研究blog


6. 結局、気楽に飲むコーヒーが一番おいしいこともある

ここまでいろいろ書いてきましたが、最近は少し考え方が変わってきました。

以前は、もっとおいしいコーヒーを淹れたいという気持ちが強かったのですが、今はそこまで完璧を求めなくてもよいのではないかと思っています。

休日の朝、時間をかけて豆を挽き、ゆっくり淹れるコーヒーは確かにおいしいです。

一方で、仕事中に何も考えずに飲むインスタントコーヒーも、これはこれで悪くありません。

外出先で飲む缶コーヒーがおいしく感じることだってあります。

考えてみれば、コーヒーのおいしさは豆や淹れ方だけで決まるものではないのでしょう。

そのときの気分や体調、一緒に食べるもの、飲む場所によっても感じ方は変わります。

どれだけ丁寧に淹れても、気分が落ち着かないときには、あまりおいしく感じないこともあります。

反対に、疲れた仕事のあとに飲む一杯は、特別な豆を使っていなくても十分おいしいものです。

そう考えると、コーヒーを追求することに終わりはないのかもしれません。

もちろん、これからも新しい豆を試してみたいですし、淹れ方についても少しずつ勉強していきたいと思っています。

ただ、難しく考えすぎてコーヒーを飲むこと自体が面倒になってしまっては、もったいない気がします。

コーヒーを追求することは難しい。でも、コーヒーを楽しむことは、そこまで難しくない。

最近はそんなふうに考えています。

そして今日も、特別なことは何もせず、いつもの豆でいつものコーヒーを淹れています。

多少味が違っても、それほど気にしません。

おいしいなと思いながら一杯飲めれば、今の私にはそれで十分です。