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連載記事 第13回 幼学綱要を読む

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『幼学綱要』の現代語訳版を出版

幻冬舎から、『幼学綱要』の現代語訳版が出版されました。
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幼学綱要
明治15年12月「幼学綱要頒賜の勅諭」

明治天皇が当時の西洋の技術・知識を中心とした教育について危機感を持ち、東洋の仁義を中心とした「徳治」を育てるために物語等を集めて作った書を子供たちの成長のために広く配布しました。
「幼学綱要」との出会いまで
そして、政経塾で一番最初に行うワークが自分の
を見付けることです。
このワークで最初に文章にした自分がやりたい活動が、
林先生から学んだ様々な古典の中から教育の素材となるようなものを抜き出して
「教本」をつくるということでした。
繋がる想い、運命との出会い
ねだるな、勝ち取れ

明治の宝書「幼学綱要」について

今、なぜ「幼学綱要」が求められるのか?

「幼学綱要」、あなたは、この言葉を聞いたことがありますか?「幼学」、何となくイメージできると思います。

子供の学問などかなと。実は、この言葉は、一冊の本の名前になります。約140年前に記された児童書です。この本こそが今の時代に求められる、感性豊かな子供の成長に結びつく道徳の根本教養となる書物なのです。
現代社会の秩序の乱れは、毎日流れてくるニュースでも明白です。金銭に関係する汚職、性犯罪、模倣犯、自分勝手な欲望を満たすための犯罪は後を絶ちません。

その原因の多くは一人の人間としての道徳感、責任感の欠如からくるものではないでしょうか?


「自分を律する心」、教育でなければ育つことはありません。
「幼学綱要」という一冊の本は、実は、明治天皇が当時の社会情勢に憂いをもたれ、その解決の為に、宮中の侍講(陛下に学問を教える学者)に命じて編纂させた本なのです。
当時も今と近い社会現象が起こっていたのです。
西洋の学問が急速に広がり、知識だけの教育が中心になっていました。
知識だけを育て、利益だけを求めて行けば、どんな世の中になるのか、一目瞭然です。
陛下は、知識だけを中心にしては、危険である。

知識を使いこなす、人の道徳教育こそが基本であり、その基本が備わってこそ、知識が活かされていくと考えられました。

令和3年のNHKの大河ドラマの主人公となっている渋沢栄一も「論語と算盤」と、お金だけではなく、論語、つまり、道徳心がなければいけないと伝えています。

多くの学校の敷地内に立っていた銅像、二宮尊徳、彼も「心田を耕す」と、あらゆる事象の荒廃は、心から起こってくる。

だから、心を耕す、豊かにすることが必要だと訴えました。

では、道徳教育って何だ?
どんなことを教えればよいのか?

道徳教育が本当に人間成長に繋がるのかと疑問が湧いてきます。

そこで、私は、一番大事なものが歴史だと考えています。歴史には、これまでの長い「人間の経験」が刻み込まれています。

そこには、失敗も多くありますが、後世の人、あなたの為になる事例が多くあります。
この歴史の逸話を集めたものが「幼学綱要」になります。

歴史を学べば人間を学ぶ。過去の偉人の経験や行動について、言葉を通して学ぶ事ができるのです。言葉の意味を物語の出てくる主人公の行動によって理解できるのです。

いわば疑似体験することができるのです。
しかも、歴史の中に実在した人物は、あなたと同じ人間なのです。

「幼学綱要」の中の一つの物語をご紹介します。勤勉さについての教えです。
藤原在衡という人をご存じでしょうか?
平安時代の人で、彼は勤勉で毎日、一日も欠かすことなく、朝廷に出仕していました。ある台風で暴風雨の日に、朝廷の門の番人は、「今日は誰も出仕しない」と呟きます。

「しかし、在衡、一人はくるのではないか」と。そんな話をしている中、在衡は、笠と蓑(当時の雨具)を着て、一人出仕してきた、というお話です。
今にも通じる、あなたの日常ではないでしょうか?

学生なら学校、社会人なら職場。
そこにどんな時も必ず通学、通勤するという強い意志と勤勉さ、そして責任感について、この物語を通してあなたに教えてくれます。

この様な、気付きを歴史の逸話は、あなたに教えてくれます。だからこそ、「幼学綱要」の様な歴史の逸話が多く記された書物が道徳教育に必要なのです。

決して、「歴史の偉人の様に行動しなければならない」というものではありません。
しかし、意思の強さとはいかなるものか、勤勉さというのはどういったものなのか、
ということを逸話を通して、理解することができます。

これを知る人と知らない人では、これから生きていく人生において、大きな影響を与えてくれるでしょう。

「幼学綱要」は、明治天皇が当時の危機感から、子供たちの成長の為に残された渾身の一冊です。

本には、229話の歴史の逸話、198文の古典の言葉が記されています。まさに、現代に甦る道徳の書といっていいのです。

私は約140年経った今も、人間の本質は変わらないと思っています。

そうであるからこそ、現代のあなたと、その子供たちに伝えて行かなければならない書が、
この
「幼学綱要」なのです。
幼学綱要

原本の内容

〇漢文(四書五経、孝経などから)/198文
〇日本史(神武天皇から江戸時代までの逸話)/112話
〇中国史(伝説時代・堯舜から明朝までの逸話)/117話
〇図画(作・松本楓湖)/62枚

「幼学綱要」一番最初の日本の逸話

「日本(にほん)書紀(しょき)(巻第(かんだい)三・神日本磐余彦天皇(かむやまといわれびこのすめらみこと)・神武天皇(じんむてんのう))、古事記(こじき)」

神武(じんむ)天皇(てんのう)※元年(がんねん)※春(はる)正月(しょうがつ)庚辰(かのえたつ)※朔(ついたち)※天皇(てんのう)、橿原宮(かしはらみや)※に即位(そくい)して正妃(せいひ)を立(た)てて皇后(こうごう)とし、神籬(ひもろぎ)※を建(たて)て八神(はちじん)※を祭(まつ)って國家(こっか)を鎮護(ちんご)※する。
天富命(あまのとみのみこと)※諸々(もろもろ)の斎部(いんべ)※を率(ひき)いる。天璽(てんじ)※・鏡(かがみ)・劍(つるぎ)を捧(ささ)げて神殿(しんでん)に奉安(ほうあん)※する。
天種子命(あまのたねこのみこと)、天神(あまつかみの)寿(よ)詞(ごと)※を奏(そう)し、可美真手命(うましまでのみこと)、内物部(うちのもののべ)を率(ひき)い矛盾(ほこたて)を執(と)りて儀(ぎ)衛(えい)※を嚴(おごそ)か※にする。
道臣命(みちのおみのみこと)、来目部(くめべ)を率(ひき)いて宮門(きゅうもん)を護衛(ごえい)す。群臣(ぐんしん)※朝賀(ちょうが)※す。
天種子命(あまのたねこのみこと)、天富命(あまのとみのみこと)に命(めい)じて祭祀(さいし)を主(つかさど)り、朝(ちょう)政(せい)※を掌(つかさど)※らしむ。
四年(ねん)春(はる)二月(がつ)甲(こう)申(しん)※、詔(みことのり)して曰(いわ)く、
「我(わが)、皇祖(こうそ)※の靈(れい)や天(てん)より降鑑(こうかん)※して朕(ちん)が躬(み)※を光助(こうじょ)※する。今(いま)、諸虜(しょりょ)※已(すで)に平(たいら)ぎ※海内(かいだい)※無事(ぶじ)なり。以(もっ)て天神(しんしん)を郊祀(こうし)※して用(も)って大孝(たいこう)※を申(の)ぶ可(べ)し」
 乃(すなわ)ち畤(ゆには)※を鳥(と)見(み)の山(やま)※に作(つく)り皇祖(こうそ)天神(てんじん)※を祭(まつ)る。

※注釈
神武(じんむ)天皇(てんのう)・・・日本(にほん)の初代(しょだい)天皇(てんのう)  
元年(がんねん)・・・最初(さいしょ)の年(とし)
庚辰(こうしん)・・・干支(えと)の暦(こよみ)、干支(えと)は十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)の組(く)み合(あ)わせで、六十通(とお)り、つまり六十年(ねん)で一周(いっしゅう)する
朔(ついたち)・・・月(つき)の最初(さいしょ)の日(ひ)、暦(こよみ)は紀元前(きげんぜん)660年(ねん)、二月(がつ)十一日(にち)
橿原宮(かしはらみや)・・・奈良県(ならけん)橿原市(かしはらし)所在(しょざい)   
神籬(ひもろぎ)・・・神社(じんじゃ)以外(いがい)で祭祀(さいし)を行(おこな)う時(とき)、臨時(りんじ)に神(かみ)を迎(むか)えるための依(よ)り代(しろ)となるもの
八神(はちじん)・・・宮中(きゅうちゅう)の神殿(しんでん)に祭(まつ)る神様(かみさま)
神産日(カミムスヒノカミ)
高御産日(タカミムスヒノカミ)
玉積産日(タマヅメムスヒノカミ)
生産日(イクムスヒノカミ)
足産日(タルムスヒノカミ)
大宮売(オオミヤノメノカミ)
御食津(ミケツノカミ)
事代主(コトシロヌシノカミ)
鎮護(ちんご)・・・災(わざわ)いや戦乱(せんらん)を沈(しず)め、国(くに)の平安(へいあん)を守(まも)る
天富命(あまのとみのみこと)・・・神武(じんむ)東征(とうせい)に従(したが)い、橿原(かしはら)の御殿(ごてん)を作(つく)った
斎部(いんべ)・・・神職(しんしょく)
天璽(てんじ)・・・アマツシルシとも、天(あま)つ神(かみ)の子孫(しそん)としての証拠(しょうこ)の品(しな)
奉安(ほうあん)・・・安置(あんち)
寿(よ)詞(ごと)・・・祝(いわ)いの言葉(ことば)
儀(ぎ)衛(えい)・・・天子(てんし)などを警護(けいご)する
嚴(おごそ)か・・・礼儀(れいぎ)正(ただ)しく近寄(ちかよ)りにくい様子(ようす)
群臣(ぐんしん)・・・多(おお)くの臣下(しんか)
朝賀(ちょうが)・・・元日(がんじつ)の朝(あさ)に天皇(てんのう)が臣下(しんか)等(ら)の拝賀(はいが)を受(う)ける行事(ぎょうじ)
朝(ちょう)政(せい)・・・朝廷(ちょうてい)の政務(せいむ)
掌(つかさど)る・・・受(う)け持(も)つ
甲(こう)申(しん)・・・二十一番目(ばんめ)
皇祖(こうそ)・・・天皇(てんのう)の祖先(そせん)
降(こう)鑑(かん)・・・神(かみ)が天(てん)から人間(にんげん)を見守(みまも)ること
躬(み)・・・身(み)
光助(こうじょ)・・・助(たす)ける
諸虜(しょりょ)・・・諸々(もろもろ)の部族(ぶぞく)
平(たいら)ぎ・・・平定(へいてい)
海内(かいだい)・・・国(くに)の全(すべ)て
郊祀(こうし)・・・神様(かみさま)を祀(まつ)ること
大孝(たいこう)・・・この上(うえ)ない孝行(こうこう)、親孝行(おやこうこう)は小孝(しょうこう)、つまり、ご先祖(せんぞ)をお祭(まつ)りすることが最上(さいじょう)の孝行(こうこう)とする
畤(ゆには)・・・祭(まつ)る場所(ばしょ)をいう
鳥(と)見(み)の山(やま)・・・奈良県(ならけん)宇陀市(うだし)と桜井市(さくらいし)の境(さかい)にある山(やま)
皇祖(こうそ)天神(てんじん)・・・皇室(こうしつ)の祖(そ)となる神々(かみがみ)

約140年前に書かれた本です

なんとなく意味が分かるけど、詳しくは理解できない。
それが、私が本を書く最初のきっかけです。
100年も過ぎると「言葉の意味や漢字そのもの」を理解できなくなっています。
注釈でも説明しましたが、最大の「孝行」は先祖のお祀りだったのです。
それがこの本ができた当時の日本人が大切にしていた「心」です。

その心を初代神武天皇が第一番目に祖先をお祀りしたこの逸話によって、
私達の教えとしています。
そのような教えが一杯につまったのが「幼学綱要」です。

歴史や古典の好きな方に限らずどなたでも読めるように注釈をつけました。
さらに「読本」として現代の私達が使う言葉で
分かり易くした「幼学綱要(読本)」も原稿は出来上がりました。

近々こちらも出版予定です。
これらの逸話を通して、日本人が大切にしていた心を
少しでも理解できるようになるはずです。

また、「幼明館」では逸話の背景についてまで深掘りし、
逸話を通しての気付きなどについて話し合っていきます。
興味があれば気軽にお越しください。

この逸話は第1章の「孝行」の項目についての逸話です。

「幼学綱要」解説の
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