BREATHLESS NIGHT SLIDER
失うばかりで、やさぐれてた時も。
2001年。
今から25年前の私は、
まさに BREATHLESS NIGHT SLIDERの
歌詞の中を生きていた。
当時の私は、小室哲哉や浅倉大介の音楽に夢中だった。
TM NETWORK、globe、access、Iceman。
シンセサイザーが鳴り響く未来的な世界に憧れ、
自分もその世界の住人になりたいと思っていた。
シンセサイザーを買った。
音楽ソフトの入ったノートパソコンも買った。
ヤフーオークションで
小室哲哉モデルのショルダーキーボードまで買った。
ボーカルスクールにも通った。
ヤマハポピュラーミュージックスクールにも通った。
お金にして100万円を超えていたと思う。
しかし、現実は思い描いたものとは違った。
芸能事務所A&Aに所属していたが、
そこから先の世界は遠かった。
提携していたP-ARTSという事務所には、
若くて可愛い女の子やイケメンの男の子たちがいた。
テレビに出そうな人。
売れそうな人。
光が当たる人。
私はそこには入れなかった。
いや、正確には入れたかもしれない。
しかし、
そのために必要なものを持っているとは思えなかった。
自分は主役ではない。
そんな感覚がどこかにあった。
それでも諦めきれず、シンセサイザーを学び続けた。
あの時の私は本気だった。
本気で夢を見ていた。
本気で未来を信じていた。
だからこそ苦しかった。
未来が見えない。
自分の価値もわからない。
何者かになりたい。
認められたい。
愛されたい。
居場所が欲しい。
それなのに、
何一つ手に入っていないように感じていた。
まさに、
「失うばかりで 愛も見えないまま」
だった。
Icemanの歌詞に共鳴したのは、
歌が好きだったからだけではない。
あれは私自身だったのだ。
夜の高速道路を走るような焦燥感。
どこへ向かえばいいかわからない不安。
誰にも届かない叫び。
未来への期待と絶望が混ざり合った感覚。
2001年の私は、その世界の住人だった。
だから何度も聴いた。
何度も歌った。
そして、その歌詞の通りの人生を生きていた。
しかし、25年経った今思う。
あの頃の私は、何も見えていなかったわけではない。
見えていたのは「足りないもの」ばかりだったのだ。
成功していない自分。
認められていない自分。
選ばれていない自分。
だから苦しかった。
しかし今振り返れば、
あの経験があったからこそ今がある。
会計を学んだ。
心理を学んだ。
カウンセラーになった。
本を出版した。
AIで音楽を作った。
そして2026年、
『ヨルダンワインは酔わせない』を配信することになった。
あの頃欲しかった未来とは違う。
しかし、
あの頃の自分が想像もできなかった未来でもある。
だから今、2001年の自分に言いたい。
「お前は間違っていなかった。」
「苦しかったな。」
「何者かになろうとしていたな。」
「でも大丈夫だ。」
「25年後、お前はまだ音楽をやっている。」
そして、
「失うばかりだと思っていた人生も、
振り返ればちゃんと物語になっている。」
あの頃の私は、BREATHLESS NIGHT SLIDERだった。
だが今は違う。
夜を走り続けた先で、
ようやく自分自身の人生を見つけ始めている。
なみのりふね名古屋いまいけ
主宰 森