宿題が終わったら人生を生きますか?
宿題をやってから遊ぶの思考のワナ
「これが終わったらやろう。」
私たちは、
いつの間にかそんな言葉を
自分に言い聞かせながら生きている。
お金が貯まったら。
借金がなくなったら。
仕事が落ち着いたら。
子育てが終わったら。
定年になったら。
健康になったら。
痩せたら。
成功したら。
自由になったら。
その時に、本当にやりたいことをやろうと思っている。
しかし、人生を振り返ると気づく。
その「宿題」は終わらない。
一つ終われば、また次の宿題がやってくる。
仕事の問題が終われば、お金の問題が出てくる。
お金の問題が終われば、人間関係の問題が出てくる。
人間関係の問題が終われば、健康の問題が出てくる。
人生は、宿題の連続なのだ。
だから私は最近、自分に問いかけた。
「自由になったら何をするのか?」
と。
そして気づいた。
私はいつの間にか、
「自由になること」
そのものを目的にしていた。
本当は違う。
自由は目的ではない。
自由は手段だ。
やりたいことをやるために自由がある。
好きなことをするために時間がある。
人生を味わうためにお金がある。
それなのに、
自由を手に入れることばかり考えて、
自由を使うことを忘れていた。
昔、私は音楽をやっていた。
平日は会社員として働き、
土日は音楽活動をしていた。
その頃は当たり前だった。
音楽をやるために働いていた。
ところがいつの間にか、
働くことや自由を作ることそのものが目的になってしまった。
そして、本当にやりたいことを後回しにし続けていた。
「今はその時じゃない。」
そう言いながら。
でも最近、身体の不調や年齢のことを考える機会が増えた。
人生には限りがある。
いつまでも元気でいられる保証はない。
そう考えた時、ふと思った。
「あと何回、本当にやりたいことを後回しにするのだろう。」
と。
私たちは学校で、
「宿題をやってから遊びなさい」
と教えられる。
それは間違っていない。
しかし
人生においても同じことを続けていたらどうなるだろう。
宿題を終わらせることに
人生を使い切ってしまうかもしれない。
やりたいことをやる頃には、
体力も気力も失っているかもしれない。
私は最近、考え方を変えた。
宿題をやってから遊ぶのではない。
まず遊ぶ。
まず生きる。
まずやりたいことをやる。
その後で宿題をやればいい。
もちろん責任を放棄するという意味ではない。
ただ、自分の人生を後回しにしないということだ。
あなたには、
いつかやろうと思っていることはないだろうか。
本を書きたい。
歌を作りたい。
旅に出たい。
誰かに会いたい。
学びたい。
挑戦したい。
でも、
「そのうち」
と言い続けていないだろうか。
もしそうなら、
一度立ち止まって考えてみてほしい。
本当に自由になったら始めるのか。
それとも、始めるから自由になるのか。
人生は思ったより短い。
そして宿題は思ったより終わらない。
だから私は決めた。
苦しい義務を果たすことを
人生の最優先にするのではなく、
楽しい権利を行使することを優先しようと。
未来のために今を犠牲にするのではなく、
今を生きながら未来を創ろうと。
人生は、宿題を終わらせるためにあるのではない。
人生を味わうためにあるのだから。
宿題は、遊んでからやればいいんだよ。
なみのりふね名古屋いまいけ
主宰 森