日々悪化する現実に立ち向かうには?

2021/09/09

今という最適化された
最高最善の現実で、
最善の選択、最善の行動をすること。


残酷な現実からは、人は逃れられません。


人は、この世に生を受け、寿命を全うする。
必ず死ぬということに向かって、日々歩み続けている。

人のスタートが生ならば、ゴールは、死なのです。

いつかは、必ずあなたも私も死ぬ。

この死ぬ時、この世に来た課題をこなし、
命を最大限に燃やし切り、すべてのことに、
感謝し、後悔無く生きられたか?

この問いに、YES!と答えられるように。

YES!と答えたい方は、この記事を最後まで読んでくださいね。
 

寿命を全うし、死を迎えるまで。


人の魂は、成長するのみで、死は無い。

死は、人の魂を入れる肉体という器に生じる出来事である。

この人の肉体は、125歳まで、最大限の機能を持つ。


そして、人の肉体は、時空の制約とともに、老化が起る。

肉体の老化とともに、肉体の機能の向上があったり、
精神的な向上など、経験スキルの蓄積など、
あらゆる側面で、成長が起っている。

肉体を使い、行動し、経験スキルを経て、知恵を獲得する。

これが、生きることの中身なのである。

肉体の使い方、行動の仕方、生き方の全てに、
ケアをし、丁寧に生ききれば、寿命という運命も変わる。

これを素直にできれば良いが、
誤解があったり、錯覚で、間違ったことをして、
寿命を縮めることもある。

そして、体質という個性もあるので、
一体何が正しく、間違いなのかも、
答も無い問いとなるような難問の中に、
人は生きているとも言える。

これを人は、無知の状態から学び、経験し、
知恵を得て、自分にとっての最善を見つけ、
それを選び、それに従って行動しているとも言える。

そして、寿命を全うするほど行動して、生きて、
死を迎えるのである。
 

社会情勢が右肩上がりか右肩下がりか。

とはいえ、人は、老化から逃れられない為、
基本、右肩下がりとなり、
成長をしたとしても、平均すれば、
老化を超える成長にするには、困難であると言える。

確かに、高度成長期のように、
今日よりも明日が素晴らしい。

と言えるようであれば、
自身の老化を度外視して、
社会から得られるポジティブな雰囲気を味わい、

明日がある。

という歌を歌いながら、
いろんなことを先延ばしにしても、
大した損害にはならなかったと言える。

しかし、バブルが崩壊し、
社会全体が、右肩下がりの悪化のスパイラルに入れば、
今日より、明日は、厳しいものであり、
昨日の方が条件的に良かった。

という思いが強くなる。

これは、自身の老化に気づき、
対応も微妙になる年代になればこそ、
より強く思うことになる。

明日より、今日、今日より、昨日だったのである。

そして、時は、巻戻せない。

こんな状況では、先延ばしは、厳禁なのだ。

今回、コロナのことがあり、痛烈に感じることがある。

2019年、インドネシアバリ島の兄貴に会いに行った。

これも相当先延ばしが過ぎたことであったが、
この時に行ってなければ、今となって、
いつ行けるかがわからないままとなってしまっていた。
それを回避できて良かったと思う。



 

コロナ禍は、有事であり、
平和な日常ではないことに、気づくこと。

コロナ禍によって、いつも気軽に行っていたことが、
出来なくなっていないだろうか?

いつも行っていた、
近所のラーメン屋や居酒屋が無くなってませんか?

今日やりたいと思ったことをやってないと、
明日できるという保証もないので、
明日以降、できなくなることがある。

こんな確率論が高いのが、現状なのである。

自分の肉体の老化とともに、
コロナにかかるリスクや社会情勢が日々悪化する
右肩下がりの雰囲気の中では、
より、今日、今ここにいる時点を重視して、
意思決定をしないといけない。

 

現実をどう認識したとしても、
現実は、最適化され、最高最善のものとして、
自分の前に存在している。


人は、自分が持つ能力、
知識、知恵に応じて、視点が生まれ、
その視点で現実を見ている。

その為、盲点が生まれ、見えないものも発生する。

しかしそれは、レベルが低くて、
見なくて良い物であったり、
見たとして対応不能なことなので、
見なくて良い物だったりする。

その取捨選択が行われているので、
最適化された現実を見ていると言える。

そして、人は、
地球が行動の星と言われているくらいだから、
行動をしていくしかない。

それは、現実を認識し、最善の選択を行うこと。
または、現実を認識し、最善の行動をすること。

なのである。


 

何をもって、最善とするのか?


あらゆる可能性、選択肢を考え、
これ、と自分が決めたこと。

それが最善ともいえるのであるが、
善悪は、後になってみないとわからないものである。

最初から、善を目指してすることも良いが、
それが本当の善かもわからないし、
その検証に慎重になることもない。

行動した成果として生まれる事実は、
良いも悪いも無い、単なる事実でしかない。

だからこそ、善を慎重に選ぶこともナンセンスであって、
その悩み考え抜く時間も、即行動したことと比較すれば、
徒労に終わることが多いのである。

何が、言いたいか。

つまりは、選択や行動は、今すぐやるしかないのである。

善いも悪いも関係が無く。

それは、行動の成果という事実を
目の前にした人が決めることであり、
長年の歴史の審査に耐え、歴史が証明することである。



 

もう先延ばしには、出来ない。
やりたいことを明確にして、やること。
解決する悩み、問題は、今すぐとりかかること。


なみのりふね名古屋いまいけでは、
あなたが大切にしている価値観を明確にして、
本当にやりたいことに向き合えるようになること。

長年の悩みや問題に正面から取り組めず、
棚上げし続けていたことに、
しっかりとアプローチして、
解決に導くことをしています。

やりたいことがわからない。
やりたいことができない。
まぁいいやと先延ばししてきたことがある。
解決しずらい、悩み、問題がある。

こういうことを全て、解決する為のサポートができます。

今日、今、取り組まなかったら、
ずっと取り組まないかもしれません。

心の重荷を引きずったまま、
この世の試練を受け、
この世で達成すべきことに、
苦しみながらすることは無いのです。

なら解決して、サポートをもらいながら、
この世で達成すべきことに、
楽しみながらしていけばよいのです。

あなたが、よりよい人生を生きて、
寿命を全うできるように、
なみのりふね名古屋いまいけは、
最大のサポートをする準備ができています。

明日、数か月後は、どうなっているか、
わからないものです。

全てが最適に整っている状況で、
やらないければ、
いつやるのか?の問いは、無い。なのです。

コロナ禍の有事では、
やることについて、
命がけで決めていく覚悟が必要です。

今日より、最適な明日は、ありません。
今日より、最適な昨日は、過ぎ去っていて、ありません。

今日やると決めたら、今日やるしかないです。

あなたが、本来、楽しくのびのびと活躍する、
本当のストーリーを生きる為に。

なみのりふね名古屋いまいけは、
存在しています。


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